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April 23, 2005

上野さんの書評

松浦大悟さんの「不機嫌な日常」というブログにて、週刊ゲンダイ4・30号の上野さんの書評が掲載されています。こういうの、助かります。感謝。

http://daico.exblog.jp/264892

 読み返してみて、やっぱり私のことを、『「男女共同参画論者」叩き』とレッテル貼りするのはやめていただきたい、とつくづく思う。私の批判はあくまで、「少子化対策としての男女共同参画」を強調した人全員、それを黙認してきた人たちに向けられているのだから。そうじゃなかった人が、男女共同参画論者のなかにほとんどいなかった、というだけのことでね。

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April 22, 2005

Webマガジンen

・子どもが減るのは「危ない」のか

http://www.shiojigyo.com/en/column/0504/main.cfm

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アマゾン・13個目

・pyo3さんの日記

http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20050415

 ほぼ同趣旨のカスタマー・レビューがアマゾンにも載っています。

 >「かもしれない」と言われてもねぇ……。

 だから、なんなのでしょう? その後、ちゃんと自分の意見を書いてくださいな。

> 「選択の自由」のためには、何かを選択しても懲罰も報奨されない制度が望ましい、というのは、正しい理念なのかもしれません。でも、実際の私たちの生活は、配偶者控除や児童手当や奨学金などの“報奨”を国から受けています。ヘンな理念に合わせるために、これらを全廃するなんて無理な話です。

 「選択の自由」が、「正しい理念」なのか、「ヘンな理念」なのか、はっきりしてくださいよ。この短い文章の中でさえ、この人の意見は、矛盾している。

>増して、あんなにすったもんだして一段落した年金制度を「根底から変えるべき」とういのは、机上の空論に聞こえてしまいます。政治は妥協と駆け引きの産物ですから、学問の世界から正論を叫ばれてもタテマエにしか聞こえません。

 この意見だと、すったもんだして、妥協と駆け引きの産物で決まった制度は変えるべきではない、となりますね。非常に現状維持的で、保守的な発想だと思います。私は賛成しない。

 よくこんなまとまらない文章を、ブログやカスタマーレビューで公表するなぁ、と思いますが、ま、表現の自由は大事ですから、そのこと自体は批判しません。ま、文章がまとまらないのは、私も同じか…(できるだけ反省はしているつもりなんですが…残念)。

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政治家の方

・荒川区議会議員・せの喜与さんのHPにて、読書感想。

http://senokiyo.sakura.ne.jp/archives/2005/04/14/akagawa.html

・衆議院議員・古屋範子さんのHP、日記の2月19日。

http://www.furuya-noriko.com/diary/bn2005_02.html

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『週刊現代』

 上野千鶴子さんが書評してくださいました。上野さんが人口学の定説について、かなり勉強しておられることがわかり、嬉しい思いでした。

 もっとも、男女共同参画が出生率回復に有効と言い出したのは人口学者で、赤川は、叩く相手を間違えているのではないか? という趣旨のことが書いてありますが(つまり、男女共同参画論者には責任はない、といいたいのでしょうか)、多くの男女共同参画論者が、この主張を利用し続けてきたことはたしかでしょう。実際、自分の論文やエッセイのなかで、何度も使っているわけですし。その点を、どう考えておられるのでしょう。

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日経ビジネス

 4月18日号、「著者に聞く」で取材を受けました。「少子化対策はいらない」。

http://www.zasshi.com/ZASSHI_SOKUHOU/last1/data/nikkeibusiness.html

 しかし『日経ビジネス』は、松本市内では店頭買いできないらしいんですよね。やや驚き。

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April 09, 2005

関係ないのですが

 どなかはわかりかねますが、「Blog HIBINOAWA」というところで、『セクシュアリティの歴史社会学』に言及があった。残念ながら、拙著を「大著」というところでしか評価してくれてない模様である。こういう読まれ方は心外である(ま、そういう評価しかされなかったのだとしたら、こちらにも責任はある…のかな?)。

 「赤川タイプではない歴史研究を目指す」そうであるが、ぜひがんばっていただきたい。直接コメントしたかったが、無理なようなので、トラックバックさせていただいた。

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April 08, 2005

アマゾン・カスタマーレビュー逆採点(4)

さらにさらに続き。

9 屈折してるようでいて、結構クール, 2005/02/22
レビュアー: ワッピ (プロフィールを見る)   千葉県佐倉市 
私自身、社会調査や将来予測の分野の仕事に30年近くたずさわっているが、統計データやアンケートのいい加減さは、自戒もこめて実感している。本書では、統計学のむずかしい部分は多少カットしても、リサーチ・リテラシーの実践編として面白く読める。
著者は、女性の労働力率と出生率はみかけ相関にすぎす、「都市化」がキーワードだという。都市化とは、第三次産業従業者比率で置き換えることも可能というが、この傾向は今後どのくらい続くのだろうか?みんながサービス業となったら、モノの生産はだれが行うのだろうか(まさかロボットが代行?)。
という具合に、新たな疑問・問題提起もわいてくる。多少、露悪的かつ自虐的な傾向のある著者だが、これからはアカデミズムや学会権威にこびないこのようなイキのいい論客の活躍に期待したい。
(ところで、著者はどんな家庭を持っているのだろうか?ちょっぴり、気になります。)

赤川採点:4
コメント:都市化をどのような操作的変数で定義・測定するかは、実は大問題です。第三次従業者比率だけでは、必ずしもうまくいきません。このご指摘は、鋭いです。

10 目からウロコ, 2005/03/02
レビュアー: アンパンマン   秋田県 
本書を読み始めるとまず著者の語り口に多くの人は反感を感ずるだろう。
しかし、それをしばらく我慢して読み進んでいくうちに、著者の偽悪趣味は自らのほとばしる熱情への照れ隠しではないか、という気さえしてくる。
それほど本書で語られている内容は現在の社会福祉政策の欺瞞に対する怒りに満ちているし、データに対する誠実さに満ちている。
多少、数字がややこしい箇所があるが、内容の凄さ、面白さで読み進んでいくことに困難は感じないと思う。
最後には著者の語り口に親しみさえ感じながら、読み終えることができた。
何れにしても目からウロコの1冊だった。

赤川採点:4
コメント:

>本書を読み始めるとまず著者の語り口に多くの人は反感を感ずるだろう。

 え? そんなに反感感じました?(笑)どうもすいません。最後に、親しみを覚えていただけたなら、とてもありがたいです。

11 子供は、夫婦の自発的意思で生まれるべきで、国家的誘導は、不適切, 2005/03/08
レビュアー: noritake12 (プロフィールを見る)   岐阜県 Japan 
という立場が、全編を通して貫かれている。

私は、少々違和感を持った。シンプルに考えればそうだ。
しかし、それだと生みたいが、経済難だから難しいって立場の人は、どうなる? って話になる。リバタリアニズムに近い。

そして、それで人口が減ってしまうのは仕方ないと言うのだ。
私は少子化人口減のメリットが強調されると思って本を買ったのだが、
メリットは、余り無い。しかし子供は家庭の問題だから、国家は介入せず、不利益を甘受すべき。という立場のようだ。正直、諸手を挙げて賛同できないような…
しかし、男女共同参画社会化が、出生率上昇に役立たないとの論説は、
意義有る。ので★3つ。

赤川採点:2
コメント:「経済難だから産めない」って人には、支援はあるべきです。しかしどこからどこまでが「経済難」なのか、これを詰めて議論してください。
 なぜ「諸手を挙げて賛同できない」のか、根拠を示してください。私は、「たとえ貧乏になろうとも、選択の自由と負担の公平が確立されるなら、それでよい」という立場です。あなたの立場は? そのことに触れてないので、書評としては低い点にならざるをえない。

12 説得的だが決定打にはならない, 2005/03/10
  レビュアー: お気に召すまま (プロフィールを見る)   埼玉県 Japan 
「男女共同参画は少子化対策に有効」という通念を、統計の分析に基づいて批判する。著者の言う通り、様々な要因間の「相関関係」を勝手に「因果関係」に読み替えるのは誤りである。が、著者の結論にも飛躍がある。子供を増やすために、「統計からは、男女共同参画が有効であるとはいえない」ということは、「統計から、男女共同参画が無効であることがいえる」と同じではないからである。

たとえば、著者自身の国内統計分析は、「子育て支援支出が大きい国ほど出生率は高い」という原田泰の統計(p33)への反証にはなっていない(児童手当か保育サービスかという対立は今は措く)。四つの既存の国内分析に著者自身の分析を加えたものの結論は、①都市居住、②女性のフルタイム就業、③女性自身の高収入という独立変数が、「子供を減らす」という従属変数を導くことである(p72)。この統計分析に誤りはない。だが、この分析は、三つの独立変数で示される環境にある女性に対して、この三つ以外の政策的支援が、出生数が増える要因として働くか否かについては何も述べていないからである。

五つの国内分析で興味深いのは、「実家の母親が子育てを手伝う」という独立変数は、ある統計では「子供を増やす」が(p59)、著者自身の統計ではほとんど相関要因にならない(p71)。つまり、三つの要因以外の子育て支援要因については、それが有効か無効かについて、国内分析ではほとんど結論がでていない。だから、「子育て支援額」についての原田の統計への反証が、国内分析によって示されたわけではないのである。三つの要因のもとにある女性たちに、どのような支援が有効なのか。その可能性については、著者の統計分析からは、まだ否定も肯定もできないはずだ。

赤川採点:5
コメント:すでにコメント済み。

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アマゾン・カスタマーレビュー逆採点(3)

さらに続き。

6 民よ、明日のない策と知っても……, 2005/01/20
レビュアー: 猫のステップ (プロフィールを見る)   新都心そば 
著者のあとがきによれば、キャプテンハーロックは、「男には、負けるとわかっていても戦わねばならない時がある」と述べたそうだ。 著述の倫理的動機がアニメの登場人物のセリフというのはすごいが、主張していることはきわめて「正論」だ。

「男女共同参画」派の知識人たちが、自派の言説を補強するためだけに、統計データをいいかげんに扱っているのは、国民を騙す行為であり、けしかんという著者の指摘はそのとおりだし。
「男女共同参画」が必要なら、必要とどうどうと主張すればいいのであって、そのせいで小子化するなら、そのデメリットを国民が公平に負担するシステムをきちんと構築すべしという主張も正論だ。

小子化は、都市化の進んだ豊かな社会におとづれる「必然」であって、いいかげんな政索でそれを回避しようとすれば、かえって悲惨な事態を引き起こす可能性もある。まして小手先のデータ操作で、有効性のない政索をあたかも有効であるかのように見せかけるのは言語道断ということか…。

ただ、既得権益のからむ政治的な場面で、この著者の主張がどれだけ支持されるかは疑問だ。公平な負担というのは、現在、利益を得ている者にとっては、損害を意味するからだ。私たち国民は、宇宙海賊の倫理を、どこまで受け入ることができるだろうか?

本当は星は四つでもよかったのだけれど、主張が正論すぎるところが、どこかひっかかって星三つ。

赤川採点:5
コメント:辛口の評ながら、私は高く評価します。なぜなら、私自身書きながら、「これって正論過ぎるよなぁ」とは何度も反問していたからです。

>既得権益のからむ政治的な場面で、この著者の主張がどれだけ支持されるかは疑問だ。
この指摘も、鋭いです。私自身、そう思います。しかし、だからこそ、あえてわかりやすい正論を展開する必要があったと判断しています。ねじれた議論にねじれたやり方で反論するのは最悪だと、あえていいたいと思います。

7 なぜ、今の今まで「でたらめ」が罷り通っていたのか?, 2005/01/25
レビュアー: カスタマー   横浜 
この本が果たした役割というのは非常に大きい。
それは、今まで(今でも)新聞等のメディアで垂れ流される
「男女共同参画が進めば少子化が止まる」
「女性の労働力を活用することで少子化がおさまる」
といった「でたらめ」を科学的に批判したことである。

少子化を、男女共同参画をどう捉えてどう考えるかも
大事だが、その前にちゃんとリサーチリテラシーを
身に付けるべきだろう。

上記のような「でたらめ」を垂れ流した似非学者や
マスコミやイデオロギストには猛省を促したい。

赤川採点:2
コメント:前半部分へのコメントですね。

8 底に流れる熱い思いを論理で覆った問題提起の本, 2005/02/10
レビュアー: 平成の読書案内人 (プロフィールを見る)   宮城県 Japan 
 今の少子化対策によって出生率の向上は望めない。それを論理的に実証したのが本書である。仕事と子育ての両立支援はなぜ少子化対策として有効に働かないのか。その理由を様々な角度から検証し、データを駆使して論証した。
 同時に本書は行政システムの不合理を暴いている。行政においては、はじめに政策ありきで事は進められる。たとえ不具合が見つかったとしても、その政策は省庁の権益を生むものである限り継続される。男女共同参画に係る政策も同様であり、少子化を防げるわけではないことが分かったとしても軌道修正はしない。そんな行政の硬直的な体制を本書は鋭く突いている。
 この本は新書の体裁をとっているが、中身は優れた学術書である。適切なデータの引用、しつこいほどの論理構成の見事さなどには目を見張らされるが、それだけなく読み進めていく中で論理の構築の仕方も学べる。著者の主張は一貫しており、都市化の進む現代においては少子化は止めようがなく、それを前提にした社会を作っていくべきだという。
 このように一見論理的な体裁を取っている本書であるが、よく読むと本質的には感情的な本であることが分かる。本書の底流にはフェミニストに対する嫌悪感が流れており、ときおり文章が尖鋭化する。それは著者も承知の上での露悪的なパフォーマンスに違いない。
 本書を読了して、その指摘するところは基本的に正しいと思う。少子化問題に対する様々な言説に、真っ向から勝負を挑んだ著者の姿勢に拍手を送りたい。

赤川採点:4
コメント:本書の内容を正確に理解してくれています。もっとも「フェミニストに対する嫌悪感」というのは、いささかいいすぎで、これは「正論を手放し、政治的駆け引きだけに走ったフェミニスト、学者、官僚たちへの嫌悪感」と訂正させてください。

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アマゾン・カスタマーレビュー逆採点(2)

続きます。

3  科学的な正論を求めて, 2004/12/23
  レビュアー: ソコツ (プロフィールを見る) 
内容の概要はすでに適切にレビューされていますので、この本のその他の実に有益な点を紹介しておきます。つまり徹底して実証的な社会学の具体的な指南書として、とにかくすばらしい。著者はとくに前半では「リーサーチ・リテラシー」の観点から議論していく、ということを言っていますが、ちゃんと実行されています。どういう統計データなら信頼できて、どんなのは恣意的な「研究結果」なのか、あるいは、解明された「現状」にもとづいて何をいうのは正論で、何を主張すれば自分の価値観の押し付けめいた暴論になるのか、などなど、よくわかってくるようになります。
著者はこれまでも「学問(社会科学)はどうあるべきか」という理念と方法について熱心に語ってきており(例えば、経験的なデータを〈他者〉とみなすことで、学者の思い込みや偏見を正し地に足のついた論説を展開していこうという意見など)、本人の目に見える成果としては優れたセクシュアリティ研究を発表してきました(フーコーの乗り越えをはかる歴史・言説研究など)。それが現代社会のアクチュアルな問題をめぐって、今回は「数値」にこだわるかたちで応用された、といってよいのではないかと思います。

赤川採点:5
コメント:これは、掛け値なしに嬉しいコメント。本書だけでなく、『セクシュアリティの歴史社会学』や『理論と方法』『年報社会学論集』の拙稿まで読んだ上で、コメントしてくれています。おそらく社会学を専門にしている方なのでしょう。他謝。

4 「社会学」の問題解決能力の欠如を露呈, 2005/01/08
  レビュアー: canberraact (プロフィールを見る) 
本書は、少子化現象に伴って、女性の勤労と子育ての両立を支援するという内容の「男女共同参画社会政策」に関する言説が、統計上はそれが実際には少子化解消には貢献しないと明らかにした上で批判したものである。

評者としては、本書の存在意義はきわめて低いと評価する。それは、本書は単にフェミニズム系論客の批判に最終的には終始しており、本文の中で繰り返し述べられる「少子化を前提とした社会制度設計」には、何ら問題解決策を提示しないものであるからだ。

すなわち、著者が最も重点を置くのが、統計学的解析を用いた、「男女共同参画社会政策」にまつわる言説批判であるが、これが、統計を丹念に用いて「実態」を明らかにするというよりも、言説批判のための単なる対抗言説であるという印象しか受けない。それは、このような新書においては、読者層の設定ということからも、統計的専門用語は出来る限り回避し、議論の本質を丁寧に提示すべきであるが、そうした作業にはあまり関心がないことにも示されている。

こうしたことは、もし統計の専門家が新書を執筆すれば通常では行われないと思われる。しかし、著者自身の専攻は「歴史社会学」であるということからも、言説批判のために拙速に統計的手法に飛びついたと指摘されても致し方ないであろう。

このことで示されるのは、著者であれ、著者が批判する「参画社会派」であれ、観念論的傾向に走りがちな「社会学」の問題解決能力の決定的な低さということであろう。同じ問題を取り扱った新書としては、マクロ経済の観点による『人口減少社会の設計』がはるかに有益な指摘を行っている。

少子高齢化をめぐって多種多様な論争が繰り広げられる中で、さまざまな書物が刊行されている。そうした中で、本書は、そうした「市場の広さ」に伴って発生しがちな、言説の世界に終始し、問題解決に何ら貢献しない「低質の議論」というべきものであろう。

赤川採点:-100
コメント:問答無用。論じる価値なし。この本がどういう意図で書かれたかをまったく理解しようとせず、しかも自ら「問題解決策」のあり方を示さないまま、批判のための批判に終始している。仮に私の議論に問題解決能力が欠けていたとして(それでも、できるかぎりで言及したつもりだが)、それを社会学全般に一般化するのは、あきらかに暴論。書評のルールを逸脱している点で、最低点をつけた。

5 タイトルが不適, 2005/01/13
  レビュアー: usmmst60 (プロフィールを見る)   大阪府 Japan 
難しいですから、タイトルのインパクトにつられて安易に読むと、訳が分からなくなるのと同時に、期待を裏切られます。
このタイトルなら「子どもが減ったって、ちっとも心配することはないんだあ!」という内容に思えるじゃないですか。
現行の少子化対策を丁寧にくそ丁寧に反証しているのはなるほど凄いですが、だから「子どもが減って…!」という、タイトル通りの結論に落ち着いているとはとうてい思えません。せいぜい「子どもが減っても、ま、大丈夫ですよ。考え方次第ですよ」というのが関の山です。
だから、そういうつもりで読んでください。

赤川採点:0
コメント:題名については賛否両論ありましたが、題名から中身を推察して、それに外れたからと文句をいうのはやめてください。題名には、私の心からの叫びがこもっている。だから、仮にいかに不適な題名であろうと、誰にも文句はいわせない。(もっとも「題名どおりの主張を展開している」という評もあったりするのだが)。
 また、内容の理解もお粗末。

>「子どもが減っても、ま、大丈夫ですよ。考え方次第ですよ」というのが関の山です。
 そんなことは、どこにも書いてない。子どもが減って大丈夫じゃなくなる部分については制度改革しようと、何度も論じているはずです。

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アマゾン・カスタマーレビュー逆採点(1)

 新年度のおつきあいでお酒を飲んだら、寝られなくなってしまいました。しょうがないので、これを機に、Amazon.co.jpでの拙著カスタマーレビュー(4月8日現在12件)について、逆採点させていただくことにしました。

 全文引用しちゃっていいのかな? ダメなようなら撤退しますが、全文引用のサイトもあるんで、許してもらえるでしょう。

 時系列順にいきます。

1 タイトルは小谷野敦風。内容は学術書。, 2004/12/15
  レビュアー: モワノンプリュ (プロフィールを見る)   Japan 
 今や主流となった「働く女性を支援することで少子化ストップ!」という官民こぞっての言説に、統計の徹底的な読み直しによって疑問符を突きつける。それどころか、子育て支援は逆に少子化を促進する可能性さえあると主張する。
 しかしこの本は、批判だけに終わらない。「少子化ウンヌンにかかわりなく理想は理想として追求すべし」と喝を入れた上で、少子化の進行は都市化した社会では不可避なのだから、それを前提にした制度を構想しようと呼びかける。かつ、年金問題の検討など、みずからいくつかの可能性を提示する。この際、リベラリズムの立場から「望ましい生き方や人生設計」からの中立を強く要求する。当然ながら、結婚している人間や子供のいる人間への優遇策は批判される。
 いやァ、タイトルから気楽な読書を期待していたのだが、いい意味で裏切られた。語り口はくだけているが、新書らしからぬ統計データのオンパレード。内容はハード。でも、読みにくくはない。面倒な人は統計の説明を読み飛ばしてもいい(私はそうしました)。私としては、少子化対策の言説批判には納得するけど、赤川自身の構想に触れる後半部分では異論も多かった。統計データから離れて思考実験的な議論に踏み込む部分では、「子供を育てるシアワセな家族」への著者の敵意がヒシヒシと伝わってきた。でも、それはもちろんこの本のキズにはならないだろう。
 ところで山田昌弘は近著「希望格差社会」で、厚生労働省の少子化対策の施策は間違っていないが、戦力の逐次的投入になっていて効果が出ないという趣旨のことを述べているが、ぜひ赤川学との論戦を期待したい(赤川の勝ちが予想される)。もうひとつ、新聞・雑誌各誌紙の書評がこの本をどう取り上げるか、そもそもどの程度取り上げるか、非常に興味深い。投じられた一石は、ヘタをすると津波を起こす可能性もある。

赤川採点:5 

コメント:刊行後1週間くらいで出た最初のレビュー。この人は、他の本に対するレビューもなかなか鋭い。

 統計のところ、できれば読み飛ばしてほしくなかったが、こちらの書き方も、初心者に対する配慮に欠けていたところがあり、反省してます(実は、読者対象を大学2~3年生向けにしていたので)。

 「子供を育てるシアワセな家族」への著者の敵意(苦笑)は、別にもってませんよ。不公平な政策を堂々と要求する連中には辟易しますけども、ね。

2  冷静に考えてみましょう, 2004/12/20
  レビュアー: 独善竜 (プロフィールを見る)   東京都 Japan 
 人口は増え続けるもの。少なくとも減ることはない。そういう前提のもとに作られた制度は少子化によって破綻していく。誰でも想像のつくのが年金制度だ。そして経済成長の鈍化。

 制度の現状維持を図るために、少子化に歯止めをかけようとさまざまな政策が試みられている。例えば男女共同参画の推進。子育て支援。推進論者たちは女性就労率の高い国は出生率が高いというデータを示し、女性が今以上に社会進出し、男性の育児負担が増えれば出生率は回復すると主張する。果たしてそうか。女性が外に出て働けば子供は少なくなるのではなかったのか。

 著者はリサーチリテラシーの観点から独自にデータを分析し、上記の主張が都合のよい国のデータだけを集めた恣意的なものであることを暴いていく。ほかにも誤差の範囲と思われる違いを証拠と見なして都合のよい議論を展開する一部マスコミ。これは欺瞞ではないのか。少なくとも男女共同参画と少子化対策を結びつけることに無理があるのは間違いない。それどころか逆効果かも知れないのだ。

 最近ある経済紙に「王子様のいないシンデレラ」という特集記事があった。女性のシンデレラ願望を満たす男がいないというのだ。高度成長期が終わった今、結婚によって今よりいい暮らしができる保証はなくなってしまった。独身の方がいい暮らしができる。結婚しても子供がいない方がいい暮らしができる。社会経済状態とは関係なく願望は高いところにある。これこそ少子化に直結しているのではないか。

 著者は少子化を避けられないものとして受け容れ、それに耐えられる社会制度の構築を進めよと訴える。少子化が不利益だとするなら、その不利益を平等に負担できる社会を作れというのだ。何の効果もない政策を(ウソまでついて)次々と打ち出し、税金の無駄づかいを続けるよりも。

 少子化を一大事と考えている人にはとんでもない主張かも知れない。しかしそういう人こそ、いっぺん見方を変えて考えてみていただきたい。そのためにはこの一冊が大変役に立つと思う。

赤川採点:3

コメント:わりと正確に本書の内容を読解してくれています。このあたりが書評としてはスタンダードという評価をさせてください。ただ、私は、

>何の効果もない政策を(ウソまでついて)次々と打ち出し、税金の無駄づかいを続けるよりも。

 とは主張してません。男女共同参画にせよ、子育て支援にせよ、出生率回復に効果がなくても、必要ならば必要だと主張すべきだ、という立場です。

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書評二つ

・どなたかわかりませんが、2005年1月21日の日記にて、ご感想

 17頁で爆笑してくれたのなら、ありがたい。

・「POCだより」、2005年2月9日の日記にて、ご感想

 本書の内容に賛同してくれたのなら、ありがたい。品があろうがなかろうが、私は書きたいことを書く。自重などせぬ。

・「最近気になる本」、2005年2月1日にて、ご感想

 買って読んでいただけたかしら?

・「独身貴族のグルメ日記」、2005年4月4日の日記にて、ご書評

 その後もいろいろと意見交換がなされています。

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April 05, 2005

google 子供が減って何が悪いか

googleで「子供が減って何が悪いか」で検索。題名が違うのだが、結構出てきます。

道徳談義さん のご書評


常田岳志さんのご書評

 文章雑でどーも、すいませんでした。どうせ3ヶ月で書いてますんで。
せいぜい練った文章を書いてくださいね。まず題名を正確に引用していただけるとありがたいです。
 私も志高くやっていきます。


大衆建築家クルちゃんのお読味日誌2004

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年金時代

 3月号でご書評いただいた模様。

 なんですが、どういう趣旨かはわかりません。残念。

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唐沢俊一

唐沢俊一さまの 「裏モノ日記」2005年3月にて。

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もう少しだけ

IBASHOのつれづれなるままに さんのご書評

Do you think for the future? さんのご書評

どなたかわかりませんが、ご書評

ひねくれ者と呼んでくれ さんご書評

本に囲まれた日々 さんご書評

Hokkaido-1chome さんご書評

堀博文さん ご書評

ホンダマチコさん ご書評

「はじめようホームシアター」の管理人さん ご書評

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はてなダイアリーほか

OL6年目 そろそろお局さん のご書評

柳緑花紅 さん  のご書評

フルタルフ文化堂 さんのご書評  

博物士 さんのご書評  

I Prefer not to さん のご書評 

 「一言で終わるなら書かないほうがいい」本に読めちゃったのかしら? 残念なことです。

天竺堂通信 さんのご書評 


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北陸中日新聞・赤旗

北陸中日新聞で、斎藤学氏が拙著をとりあげてくださいました。私の地元紙で、高校時代の恩師も読んでくださったようです。多謝。


赤旗 3月27日号9面「背表紙」にて、ご書評いただきました。

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植村氏へのご返事(2)

「charisの美学日誌」

にていただいたご意見には、ほとんど異論ありません。というか、問題点をさらに明確にしていただいて、ありがたく思っています。

 しかし(4)の論点についてのみは、誤解であると申し上げます。

(4) 赤川氏は、親の観点からは「子供は私的財」であり、公的な子育て支援は正当化できず、子育て支援の根拠は「子ども自身の人権」にしかないと考える(p182)。この視点は傾聴すべきものがあるが、やや唐突であり、女性のライフスタイルとの関連をまったく断ち切るという欠陥がある。「子供の為には母親が育てるのが一番だから、女は家庭に戻れ」という論者を喜ばせるし、「子供の人権」のみを強調することは、親のライフスタイルについての中立な主張とはいえない。「完璧に子供を育てられる人」以外は子供を産んではいけないという結論になるからだ。

 この引用文の後半の論述については、

「子どものためには、母親と父親が一緒になって育てるのが一番だ」という「男女共同参画」的な論者をも喜ばせるかもしれません、と申し上げておきます。

また、子どもの人権のみ依拠する子育て支援という発想は、「完璧に子供を育てられる人」以外は子供を産んではいけないという結論、にはなりません。むしろ逆で、完璧に子どもを育てられない人にこそ、「子どもの人権」を守るために政策的サポートが必要と考えるべきだと思います。

 最後になりますが、(4)(5)「子どもは私的財か公共財か」という議論については、「子どもは公共財だ」とする言説ないし認識のほうこそ、歴史的に特殊な認識であると私は思います。つまり、かなり低出生率が定着した段階でしか、このような認識は生まれてこないと考えます。「子どもは私的財」という側面は、これにくらべればよほど普遍的ではないでしょうか。
 私は、「子どもは私的財」であるという側面は、歴史的事実としても、理論的認識としてもなくなることはないと思います。端的にいって、子どもが公共財でしかないとするなら、出産・子育てはかなり楽しい(ものらしい)という事実とは相反します。また「子どもは私的財」という認識を外すと、これまでの人口経済学が行ってきたような、出生率の変動を説明する理論の構築はほとんど不可能になってしまいます。

 ともあれ、ここで述べられた論点は、さらに深く考えてみる必要があることはたしかです。拙著を丁寧に読んでくださり、見事なコメントをくださった植村氏に改めて感謝いたします。

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植村氏へのお返事(1)

 さて、植村氏のご書評は、たいへんありがたいものでしたが、いちおうリプライする義務があると考えまして、この場を借りてお返事します。
 
 「charisの美学日誌」3月11日の投稿に関してですが、基本的な論点はおおむね首肯いたします。

 (1)まず確認したいのは、拙著で行ったのはあくまで「男女共同参画は少子化対策に有効」とする言説への批判(反証)であり、これが即、「男女共同参画は少子化対策に無効だ」という結論につながるわけではないことです。「有効である」ことを反証することはできますが、「無効である」ことを証明することはできないからです。

 (2)の論点についても、拙著では、原田氏の統計を反証したわけではありません。拙著の中では、原田氏の統計に対する評価はむしろ高く、妥当だという評価です。

 もっとも現在OECDは30ヶ国あります。2000年の30ヶ国で集計し直すと、やはり無相関になります。ですので1995年時点の加盟国をほぼ網羅したという点では原田氏の統計は妥当でしたが、現時点では、必ずしもあてはまらないと考えています。
 この結果については、いずれ学会誌等で報告する予定です。


「つまり、客観的な三つの要因が少子化をもたらしたことを論証しただけで、それに対してあらためて外部から介入するものとして行われた政策的支援は、ほとんど統計の独立変数として検討されていない。」

 これはその通りです。二次分析では、そこまでの分析が可能になるようなデータの取り方をしているものは、ほとんどありません。しかし植村氏が正しく指摘するように、政策的支援の効果を評定するのは、はなはだ難しいという事情があります。

 これは「有効/無効」という基準を、どう設定するかという問題もかかわってきます。たとえば植村氏は、(4)で、

たしかに、「10年近くにわたって子育て支援や両立支援などの少子化対策は行われてきたが、出生率回復のきざしはみえない」(p142)。しかし、この事実から、「行われた少子化対策は無効」という結論を出すことはできない。保育園の充実がまったくなければ、少子化はもっと進んだかもしれないからである。もっと減るはずだった出生率を「この程度で食い止めた」とすれば、支援策は有効だったわけである。

 と述べています。たしかに支援策がなければ今より出生率が下がっていた可能性は、なくはありません。しかしそれは、これまでの少子化対策における「有効」の基準とは異なります。それはあくまで「出生率の下げ止まり、維持、回復」を目標としていたはずで、この観点からすれば「無効」すなわち「失敗」であったとの評価も可能ですし、そう評価すべきであると思います。

 なお(3)では、「三つの要因のもとで少子化を余儀なくされている女性たちに、さらにどのような支援が有効なのかについては、著者の統計分析からは、ほとんど何も言うことはできない」とありますが、私の統計分析は「どのような支援が有効か」をそもそも問いとして設定しておりませんので、この問いに答える必要もないと考えています。


 最後に植村氏は、

重要なことは、ここで示された統計からは、子育て支援策が「有効である」とは言えないと同時に、しかし「無効である」とも言えないという事実であろう。

 と述べておられます。これは、統計学的な解釈としては妥当なものです。ただし、この発言で何を意味すべきかについては、さらに慎重な検討が必要です。

 第一に、上の事実が正しいとしても、有効説と無効説が等価である(ないし、同確率で成立する)とは、少なくとも私は思いません。私はポパー流の反証主義を必ずしもとりませんが、有効説がことごとく反証され、無効説が事実として正しい(出生率の下げ止まりに成功していない)という観点からは、無効説のほうが成立する蓋然性が高いと判断します。

 第二に、「有効か無効かはわからないから、(男女共同参画的な)少子化対策を今後もやってみる価値がある」と述べたいのならば、これには反対です。少なくとも男女共同参画的な政策を、少子化対策の名のもとに行うことはやめるべきであると、私は考えております。

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植村恒一郎氏から

「charisの美学日誌」に、2回にわたりご書評いただきました。また、アマゾンのカスタマーレビューでも、同趣旨の書評をいただきました。感謝いたします。


http://d.hatena.ne.jp/charis/20050311
http://d.hatena.ne.jp/charis/20050314


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480062114/250-0900271-2839468

説得的だが決定打にはならない, 2005/03/10
レビュアー: お気に召すまま (プロフィールを見る)   埼玉県 Japan
「男女共同参画は少子化対策に有効」という通念を、統計の分析に基づいて批判する。著者の言う通り、様々な要因間の「相関関係」を勝手に「因果関係」に読み替えるのは誤りである。が、著者の結論にも飛躍がある。子供を増やすために、「統計からは、男女共同参画が有効であるとはいえない」ということは、「統計から、男女共同参画が無効であることがいえる」と同じではないからである。

たとえば、著者自身の国内統計分析は、「子育て支援支出が大きい国ほど出生率は高い」という原田泰の統計(p33)への反証にはなっていない(児童手当か保育サービスかという対立は今は措く)。四つの既存の国内分析に著者自身の分析を加えたものの結論は、①都市居住、②女性のフルタイム就業、③女性自身の高収入という独立変数が、「子供を減らす」という従属変数を導くことである(p72)。この統計分析に誤りはない。だが、この分析は、三つの独立変数で示される環境にある女性に対して、この三つ以外の政策的支援が、出生数が増える要因として働くか否かについては何も述べていないからである。

五つの国内分析で興味深いのは、「実家の母親が子育てを手伝う」という独立変数は、ある統計では「子供を増やす」が(p59)、著者自身の統計ではほとんど相関要因にならない(p71)。つまり、三つの要因以外の子育て支援要因については、それが有効か無効かについて、国内分析ではほとんど結論がでていない。だから、「子育て支援額」についての原田の統計への反証が、国内分析によって示されたわけではないのである。三つの要因のもとにある女性たちに、どのような支援が有効なのか。その可能性については、著者の統計分析からは、まだ否定も肯定もできないはずだ。

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しあわせになりたい

ブログ「しあわせになりたい」にて、ご感想

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川崎惣一氏

城西国際大学・川崎惣一氏によるご書評

『セクシュアリティの歴史社会学』も、どうぞよろしく。つーか私は、これが本業。

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Webマガジンen

Webマガジンenの4月号にて執筆。

子どもが減るのは「危ない」のか

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選択

雑誌『選択』3月号にて。

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個人的なHP

宮崎純さんによるご書評

これもたいへん嬉しい。

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新しい創傷治療

夏井睦さまによるご書評

たいへん嬉しい読まれ方でした。


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